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2010年03月18日
その後のギャラリー。

写真は先週、水曜日にお邪魔した、
JAGDA TOKYOでの記念写真です。
今回の企画展は熊本の友枝雄策さんと、
その弟さん(東京在住)とのコラボ企画です。
オープニングの時はJAGDAの
運営委員会があった日なので、
ちょうど出かけることができました。
左から福岡の平松さん、東京の奥村靫正さん、
愛知の味岡さん、一番右が友枝さんです。
この後に勝井会長や、リクルートの渡辺さん、
永井裕明さんなど、
さまざまな方々が来場されていました。
じつは、この日の運営委員会の議題の一つとして、
このJAGDA TOKYOを今後はどうするか?
という話題が出ていました。
この場所は今年3月までが契約の期間で、
その後、どうするのか?という内容です。
この企画は1年を通してJAGDA東京会員の協力と、
予算の中で運営がされていたようで、
継続するにはあまりにも東京メンバーの負担も大きく、
それでも、せっかく1年間の実績ができた場所なんだから、
このまま継続してはどうか・・・?という意見も根強くあるみたいです。
個人的にはこのまま継続をして、デザイナーの情報発信の場として、
もっと戦略的に継続してくれたら良いのにな・・・と思います。
かつての東京デザイナーズスペースみたいな感じ・・・?
(じつは私自身はそのスペースに関してはあまり詳しくない)という
意見もあるみたいですが、少し自分のイメージとは違うかもしれません。
単なるデザインの展覧会ではなく、自分たちが社会と接点のある、
具体的な商品自体のPRの場・・・そんな感じです。
例えば「SDCプロジェクト」をここで紹介して、
参加会社を募るような構成イメージです。
2010年03月17日
三寒四温・・・。

金曜日まで真冬残る札幌に居て、
土曜日は春、間近な東京へ戻り、
日曜日は春、遠い富山で、
ゴルフをしていました。
それでも天気は快晴で、
毎日の行いの良さが、
こんなふうにご褒美をくれるのです。
それにしても今年は天候の加減が、
ひどくメリハリが利いていますね。
初夏みたいだったり、いきなり真冬だったり、
過激な移動をしていることもあるのだけど、
こんなに服装に悩む年も珍しい・・・。
今日は関東方面では、
25℃から2℃まで下がったところもあるような
そんなニュースが流れていました。
三寒四温(私はこの4文字熟語が大好きです)
という言葉は昔の人が日々の移ろいの中で
見つけ出したことなんだろうけど、
そんな繊細な精神を育んだ、その背景にある日本の四季が、
大雑把になって流れていくのは、少し不安になるところです。
二極寒四極暑・・・、なんてのはどうも嫌だな・・・。
ところで、ゴルフのスコアの方は、今のところ三寒四温。
まさしくデリケートに、繊細に、移ろいでいるようです。
2010年03月16日
ずいぶんと、移動した後。

先週は何かとドタバタした週でした。
火曜日あたりから東京に入って、
木曜日、金曜日は札幌へ向かいました。
そのまま東京へ帰ったので、
気がついたらかなりの距離を移動しています。
7日(日曜日)まで博多にいたので、
1週間で富山、博多、山口、
東京、札幌、東京・・・と、
ほぼ、日本1周をしたことになります。
時々、こんなスケジュールが生まれると、
その後は、どうしても疲れが押し寄せます。
そんなわけで、ブログを少し休んでいました。
写真は札幌にお邪魔した時に、
寺島さんと夕食会をした居酒屋さんです。
一見、そんなふうに見えないのは、
元々は北海道大学の研究施設だったのを、
改装してお店にしたせいでしょう。
メニューを見ているとどうも博多のチェーン店のようで、
4日前まで居た自分としては、
その運命の悪戯に驚いたりして・・・(笑)。
モツ鍋、水炊き、鳥関連・・・、
少し前に全部、食べたぞ・・・・。
札幌はまだ雪がたくさん残っていて、その上、まだかなり寒い状況でした。
このままほろ酔い気分で路上で朝まで過ごすと、
気持ちよく天に召される緊張感のある風が吹いていました。
記念に写した写真の建物がかたがっているのは、雪の重みのせいではなくて、
どうやら呑み過ぎた焼酎と、聞きすぎた街の景気の噂が、
チャンポンしたのが原因かも・・・。
2010年03月09日
南の展開Ⅰ。
博多で泊まった時にホテルのロビーに
飾られていた山笠のミニュチアです。
とても精巧に出来ていて、
今にも動き出しそうな雰囲気があるくらい。
ところで福岡のSDCプロジェクトは
新しい局面を迎えようとしています。
JAGDAの教育委員会で
知り合うことができたクリエイターの皆さんと、
なんとかこのエリアの底上げを
頑張ったみたいと思っています。
それでも前途に楽観しているわけではなくて、
もう少し、ほんの僅かでいいから
住宅業界を深く掘れるビジネスモデルを
再構築したいところです。
広告としての媒体提供に留まらず、
情報をばら撒く装置に集約されるのではない、
デザインの効果・・・、みたいなモノを
顕わにできれば良いですね。
幸いにも住宅業界は他の飲食業界やファッション業界に比べれば、
まだまだ「すき間」は多いように思います。
山笠の気合たちみたいに、力を合わせたいところです。
2010年03月08日
21+22。

先週末、土曜日、日曜日は
博多で悪友達とゴルフをしました。
当初は1日中の雨の天気予報に
その行く末を危惧しながらの準備だったのですが、
当日はなんとか雨は降らずに、
それでも微妙な曇り空に気を使いながらの、
ラウンドになりました。
福岡でゴルフをするのは初めての体験です。
初日はQUWEEN HILL GOLF CLUB、
池関連のウォーターハザードをキーワードにした、
なかなか美しい景色の名門コースでした。
2日目はPGAのツアーの一つである
KBCオーガスタゴルフトーナメントが開催されるという、
質の高い茶屋ゴルフクラブでのラウンドでした。
成績の方は初日が49・49という
泣きたくなるスコアで終わり、
なんとか2日目はリベンジを・・・とのぞんだのですが、
あえなく返り討ちにあいました(笑)。
特に2日目のコースはグリーンがオール高麗芝で、
あまり経験をしたことのないものです。
ベント芝に慣れているせいかその独特の転がり方に、
最後まで馴染むこともなく終わってしまいました。
後でパターの数を合計してみると、
21+22の43点・・・・。半分ちかくをパターで費やしたことになります。
雨が降らなかった運の良さを、ひたすらに慰めの言葉にしながら、
帰りの道中を悪友たちと打ちひしがれて帰ってきました。
2010年03月06日
時間の才能。

山口には随分と久しぶりに、
お邪魔したように思えます。
手元に正確なスケジュール表が無いので、
本当はどれくらいの間が空いたのかは
分からないけど、
4ヶ月以上、6ヶ月未満くらいかも・・・。
SDCシステムは2009年の
WEBナビの開発を始めてから、
大々的にはエリア拡大の活動は
前向きにはしていませんでした。
それはインターネットのシステムが構築すれば、
もっと完成度の高いビジネスモデルに
成立できるのではないか・・・とか、
これからの情報伝達の主流に
WEBという環境は不可欠だから、
それらのシステムを構築する事の方が、
優先順位は高いように思えたからです。
そんな中、昨年、いろんなご縁が交差しながら、
山口チームは立ち上がることになりました。
現在のWEBナビの環境は思ったより大きな変化を生んではいませんが、
それでも一般会員の登録者数は確実に伸びています。
SDCプロジェクトとしてはカタチを変えても、必要な要素であるのは変わりありません。
「住まいNET山口」は創刊号は3月の予定から、3ヶ月遅れの6月が目標のようです。
その時間の変遷がどんな結果をもたらすかは、とても興味のあるところです。
2010年03月05日
B級の話し。

昨日から博多に居ます。
写真は福岡空港前の看板各種。
結構、アバウトな並びになっていて、
空港前の景観としては議論の余地はありそう。
木曜日はJAGDAの用事ではなく、
SDC関連のテーマが少々と、
夜は飲食関連の視察・・・
(宴会ということだけど)で、
大宰府まで行ってきました。
なかなか美味しくて格安の料理で、
堪能できたひと時でした。
一緒に同席した飲食関連のクライアントは、
B級グルメの開発に余念のない人で、
安くて、美味しくて、利益の出るメニューを
いつも考えているようです。
彼は居酒屋を営んでいるのですが、
その中のメニューの多くは、
「全国のB級グルメのパクリ集・・・!」と豪語し、
妙な自信に満ち溢れています。
個人的には「パクリ集!」などと言われると、
どうしても気持ちが引いてしまうのですが、
それでも「いろいろ」が集まれば、一つの個性になるかも?
方法論としては悪くないのでしょうね・・・。
B級があればA級もあるのでしょうが、その違いの線引きは難しいところです。
2010年03月02日
寝袋事情。

自分がこの業界に入った2、3年後に、
世界ポスタートリエンナーレトヤマは生まれています。
故亀倉さんや田中一光さんが中心になって、
この日本で唯一の国際ポスターコンペを、
盛り上げたのだ・・・と聞いています。
初回の商業部門の金賞は
サイトウマコトさんだったはずです。
文化部門は確かミサイルが海上で交差する、
ちょっぴり怖いポスターが、
金賞だったように記憶してます。
当時、新人学芸員の片岸さんは、
今や日本を代表するポスターの論客になり、
その知識の広さと深さで来場する人たちに、
解説するお姿は、
この企画展の、この美術館の
風物詩でもあります。
1回目、2回目のあたりは
展覧会が始まると、
彼は田中一光事務所に寝袋を持ち込んで、
寝泊りしながらそまざまな所要を
こなしたことを懐かしげに語ってくれます。
私たちはそんな彼の話を、
まるで翔けだしのダンサーが、
ブロードウェイの舞台裏を聞くみたいに、
耳を傾けたものです。
時は過ぎて次は10回記念・・・、30年が経とうとしています。
そして彼は定年というゴールが目の前にある、シブイおじさんになっているのです。
まだ、時々、寝袋にくるまったりするんでしょうかね・・・・。
2010年03月01日
ポスターたち。

そこにはポスターの道があります。
世界中の文化が凝縮されたアイディア、
色彩やレイアウト・・・・、
そして神秘的なフォルムをまとった
タイポグラフィーが節々に佇んでいて、
時々自分自身の居場所に迷うくらいの
迫力に満ちた空間に案内されます。
そこにはポスターの河があります。
世界中のクリエイターの情熱を
注ぎ込んだ恐ろしいくらいの急流です。
その中には魚が居て、
その中にはクジラなんかも居て、
時々、得体の知れない
両生類なんかも居たりします。
ある意味、ワンダーランドだけど、
ある意味、恐怖の世界でもあります。
とにかくポスターがあります。
TVにも負けなかった(勝ったわけでもないが)、
新聞たちとは別の世界観を獲得し
きっとWEBにも寄り添うことの無い、、
ポスターがあります。
自分はこの頑固な場所が好きであることを知りながら、
何処かでそのことを認めるのが気恥ずかしい時代もありました。
だけど、今もポスターは存在します。
その道や河は、六本木ミッドタウンのJAGDA本部となり、
デザインハブに中に存在しています。
期間は限定です。
世界ポスタートリエンナーレトヤマ東京展、開催中。
2010年02月28日
その後。

消えた16pはどうも
全てが行方不明ではないようです。
それが100冊のうちの30冊なのか?
1冊なのかは今は分からない・・・。
最初は50%くらいかと
覚悟は決めていたけれど、
時間が経つにつれて、
その数は少なくなってきました。
いずれにしれろ、
何万部・・・という数の全てを検品してから、
納品をしなければいけない現状が生まれ、
その多くの労力以上に、
巨大な信用・・・というモノが揺らいでいる事には、
変わりがないのだけれど・・・。
単純なことほど、失敗の代償は大きいもので、
16ページの後には、17ページが存在すべきだし、
33ページが長閑に2回も繰り返してはいけない。
そのシンプルな不自然さは、
どうしても許しがたく、
週末の時間をひどく憂鬱にしました。
それにしても名古屋の駅中ビルはとても大きくて目立ちます。
高層階には毎度のパターンでホテルが鎮座している。
そういえば札幌のJRビルも同じような設計だし、
JR大坂も同じようなパターンで創られている。
JR博多駅も今は工事中だけど、出来上がるとどうも同じパターン・・・。
大都会の顔が似たようなことにならないように願いつつ、
今日はどこか腹ただしい・・・。
フィギアのニュースには本当にうんざりだし、俊介のマリノス入団も楽しくない。
0.02秒で逃したスケートの金メダル(勿論、それは自体は素晴らしいことだ)も残念の極みだし、
藍ちゃんのアメリカツアーの2連勝がスポーツニュースの中で、
つまらないオリンピックの閉会式の話題に紛れてしまい、
なかなか紹介されないタイミングの悪さにまで、不機嫌を育てているんだ・・・。
ガオーーーーツ!
2010年02月26日
消える、16ページ。

事件が発生していた・・・・。
13時くらいにいただいた電話によると、
行方不明になっているモノがあるそうで、
それは約16ページ程度の、
印刷物らしいのです。
聞いた当初は相手が何を言っているんだか、
上手く理解できず・・・、
(それほどに在り得ないことだから)
心の中では「エッ?・・・なに言ってんだ?」と
2,3秒くらいは(本当はもっと短かったかも)
自問自答していたように思います。
納品されたオンリーワンリビングカタログの、
17p~32pが無い・・・。
かわりに17p目からは、33pが始まり、
48p目が終わると、再度、33p目が始まる・・・。
まるで同じ悪夢を何度か繰り返すようにね・・・。
17p~32pの16pが消えていました。
30年以上、この仕事をしてきて、
通算1000部以上は何がしろの印刷物に
関係してきたけど、こんなことは初めてです。
名古屋の夜が、揺れていました。
もちろん、地震の話ではありません。
2010年02月25日
テバサキを食べたい。

このアンティークなパソコンにも
ようやく慣れてきて、
その変換スピードの遅さや、
どこか緩めの文字のアウトラインも、
不思議と情緒すら感じるようになりました。
「慣れ・・・」という資質はありがたいもので、
辛いことも、苛立つことも、
少しずつ、日常の中に埋めてくれます。
そんなわけで、ブログのほうも(ほぼ)毎日、
書ける気分が戻ってきたようです。
ところで明日は名古屋に移動です。
久しぶりの訪問で、嗚呼、懐かしい・・・。
目的はSDC関連ではなくて、
ようやく仕上がりを迎えることができた
オンリーワンリビングカタログのセミナー。
3時間ほどをかけての解説が待っています。
会場には50人を越える会員の方々が、
全国から来場されているので、責任重大です。
なんとかこのVOL3カタログが、
皆さんのお役に立てれば・・・と願いつつ、
構成に関しては自分なりに、
重ね重ねの吟味をしたつもりの、1冊です。
目標は1冊のカタログで5億円を売り上げること・・・。
1頁あたり、250万円を販売しなければなりません。
それはこの時代、とても困難であることは分かってはいますが、
きっと、その壁を越えることができれば、
新しい風景と、新しい道があるはずなんです、が・・・。
2010年02月24日
デザイン魂。

先週、東京に居た時に
新村さんの事務所にお邪魔してきました。
彼の事務所と私の事務所??(笑)は、
歩いて5分くらいのところにあるので
お昼時とか時間がある時は、
近くでランチをしたりします。
タイミングが良いと、
今、進行している仕事を見せてもらったりして、
勝手な批評をしたり、驚いたり、
感心したりりして、1,2時間過ごします。
「新村則人さん」・・・・。
彼はブレない人です。
自分が制作するデザインには時々、
悩んだり、自信が無さそうにしているけど、
いつも結果は良質な答えを導いてきます。
彼はデザイン業・・・という「宿命」にブレない人です。
私も含めて、30年以上も、
デザインの仕事を続けているような人は、
どう考えたって今の状況は「宿命」と考えるのが、
自然なコトだと思います。
それでも、ある人は(要領の良い人が多い)は、その宿命を信じていないかったり、
ある人は(心配性が多い)今の状況が自分のベスト・・・とは思わずに過ごしていたり、
どこかに疑問や不安を抱えて日々を過ごすものです。
その点、新村さんはブレません・・・。
そんなふうに彼に言うと、「そんなことはない・・・」と言うけど、
どう見たって彼の中のデザイン魂は安定しています。
先端を駆け抜ける若手デザイナー(例えば佐藤可士和さんみたいな)のように、
1,2,3、で東京ADC賞やJAGDA新人賞を取るようなタイプではないけれど、
1,2,3,4,5,6,7・・・と確実に目標に近づいていきます。
だから、きっと彼はいつかは東京ADC会員になるように思います。
私が彼に一番に感心したり、羨ましく思うことは、
彼がデザイン業以外の仕事をしているイメージが、まるで持てないことなんです。
2010年02月23日
石の上のお願い。

今日から若者が一人、
事務所のメンバーに加わりました。
男性で元気が良くて、
繊細さと太さのバランス感覚が、
優れていそうです。
事務所の熟女チームからは、
なかなかの評判みたいで、
期待が持てる、人材なんです。
それにしても最近の若者は
ちゃんと料理なんかもできるようで、
いまだに目玉焼き一つを制作したことのない、
自分にとっては最新のMACの操作以上に、
感心してしまうことですね。
本当は自分には(すごい)料理の才能が、
女性の3倍くらいは隠れているのだと思って、
半世紀を生きてきたのですが、
何一つまともなものを作れないままですから、
きっと、もっともオーソドックスな「思い違い・・・、勘違い・・・」のようでした。
ここまで生きていて上手くなれないことは、
これからの時間の中でも、上手くはなれないのは明白。
たとえそれが「実行したことのないこと・・・」でも、
「実行しないこと・・・」自体が才能が欠落している証拠だと、最近は思います。
だから自分が「デザインが上手い・・・」と思っていても、油断してはいけません。
「やればできる・・・」なんて類は、3ヶ月くらいで馬脚をあらわします。
「やれば・・・」の部分は3年くらいのことで、「できる」の部分は、ようやくその後のことです。
2010年02月22日
東京事務所、966号室。

東京で過ごす時の私の事務所です。
広さはだいたい7坪くらいあり、
机の後ろにはダブルのベッドがあって、
冷蔵庫も小さいけれど完備されています。
(1年に3,4回ほどこの冷蔵庫の前で、
道路工事の小人たちが出現します)
ここにはスタッフは居ませんが、
3階に受付があるので、
そこで24時間体制で荷物の受け取りとか、
お願いをしておけば銀座界隈の情報とか、
簡単なデーターの分析なんかもしてくれます。
なかなか居心地がいいので
1年間で160日くらいは過ごすことになります。
住所は銀座8丁目になり、
繁華街の出口?入口?とも言える場所です。
1階のイタメシ屋さんは朝の3時くらいまで営業していて、
遅い食事でも複数人数でも大丈夫です。
店長とは顔見知りになっていて、
いつも座るテーブルの隣ではアルバイトの
面接なんかもするので、時々、感想も聞かれます。
スタッフの中に愛想の良い(少し太めの)女性が居て、
時々、近くのドンキとかコンビにで声をかけられます。
「今年はまだ来てないよね・・・!」とか言われて、
ドキッ・・・!としたりします。
966号室・・・というのがニックネームで、
007みたいで、良い感じでしょう。